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2008年9月

女性患者さんのハンカチの理由

施術マットの顔が当る部分にはタオルを敷いていますが、女性患者さんの中には、ハンカチをその上に敷く方がいらっしゃいます。その理由をはっきり聞いたことはありませんが、タオルに不潔感を持っているのかなと思ったりもしました。

ですが、その理由がようやくわかりました。
うちのタオルは少し肌理(きめ)が荒い、普通のタオル地なので、顔を当てるとタオルの地のデコボコが、肌に移るからのようです。

ある日、仰向けになったときある女性患者さんの頬を見たら、細かいけれど、ざらざらの感じなのに気が付きました。
いやに肌の肌理(きめ)が粗い人だなと思いましたが、ちょっと不自然な感じがしました。

あるとき同じ女性が来院されたときに、お顔を拝見したときには、肌の肌理は特に粗いわけではありませんでした。

ということは…原因はタオルだったと思い当たりました。

うちのタオルに不潔感を持っているかどうかは、はっきり聞いたわけではないので断言はできませんが(もちろんタオルは1回でも使ったらきれいに洗っています)、肌にタオル地の痕が付くのを嫌ってハンカチを出す人はいるはずだと思いました。
それと、化粧のファウンデーションが付くと悪いと思って気を利かせている人もいるかも知れませんが…

それがわかったので、それ以後タオルを買うときは、もっと滑らかな生地のタオルにしています。

男性なら気にも留めないことですが、美を求める女性の想いと繊細さを、改めて感じました。

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イメージだけでも機能回復できます!

最も容易で安全・確実な機能回復法

例として、イメージで体の柔軟性を高める方法で説明します。
イメージによって体が実際に変化することを確かめてください。

1)直立し踵を揃えるて、上体を倒し、手(指先)がどれくらいまで床に着くか確認してから直立の姿勢に戻る。(例としては、指先が床にようやく着く程度だったと仮定する)

2)目を閉じて、ゆっくりと上体を倒し、掌(手の平)などが床にべったり着いているイメージをする。そのときの体の感覚と掌が着いているイメージを明確に浮かべること。

3)目を開けて(閉じたままでもよい)、上体を前に倒していく。

上手にイメージと体の感覚を思い浮かべることができていれば、掌は実際に床に着きます。

動かすときの呼吸は呼気(息を吐きながら)です。

応用としては、クライアント(患者さん)に、施術前に理想の体の動きをイメージしてもらってから施術すると、効果が高まります。

これは(私の)施術の基本です。
施術者がイメージすることも、重要です。

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人が死に向かうとき

先週のとある日の早朝、母からの電話で起こされました。
一人暮らしの叔母が亡くなったとのことです。
一人では日常生活のいろんなことができなくなっていた叔母は、ホームぺルパーの生活介護を受けていました。

ホームぺルパーの人が訪れたときに応答がなく鍵がかかったままだったので、 不審に思い叔母の娘に連絡したそうです。彼女(従姉妹)が入ったら、叔母は床に倒れ、既に息絶えていたそうです。

今年に入ってからだけで2人の叔母が亡くなりました。この5年間だと3人になります。伯父の妻も入れれば4人になります。 皆70歳から80歳ほどだから、年齢的には早死にとは言えませんが、日本人女性の平均寿命86歳からすれば、少し早かったと感じます。

父の死が6年ほど前になるので、母にしてみれば近親者を相次いで5人も亡くしたことになります。少し遠縁の親戚や友人知人を含めれば、10名ほど近い親しい人を亡くしています。 母は気丈な人だから、表面的にはことさらに落胆した様子は見せませんが、心の中では隙間風がビュービュー吹いていることだろうと思います。

人が死ぬ理由は様々ですが、近しい叔母たちを見ていると、思い通りの人生でなかったこと、子供が遠くへ引っ越したり、先に亡くなったりしたことによる、深い喪失感が陰にあることが感じ取れるます。

そのような理由や状況の変化で、自己の存在意義が無くなってきたと感じたとき、自己の存在理由が感じられなくなってきたときが、生存の危機のように思います。

やるべきことはやりつくしたと感じたときや、長年の努力の結果、全ての目標が実現し幸福の絶頂とも言えるときも危ないという人もいます。

生きるということは、不足を感じ、それを満たしていくことだと思います。自分に欠けているものや欲しいものがあり、それを得たい、満たしたいという意欲があるから、人をはじめとした生物が生きていけるのだと思います。

不足、欲と言ってもいいですが、満ち足りすぎて全ての欲や不足感を不充足感を失ったときや、満たされてはいないが生きる意欲がなくなったとき、人は自らゆっくりと、しかし確実に死に向かって歩みはじめるのでしょう。、

相次いで亡くなった叔母たちの晩年の数年間を観ていると、そう思います。

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対症療法から根本療法へ

今の社会の問題解決の方法論は、対症療法だと思っています。

例えば…

飲酒運転事故が問題になれば、罰則を強化する。 

いじめが問題になれば、いじめはいけないと(表面的に)言って禁止する。 

税金の無駄遣いが問題になれば、無駄遣いした政治家と官僚を責めればいいと考える。 

温暖化が問題になれば、二酸化炭素の排出を減らせばいいと考える。 

問題が発生した原因を調査し研究し判断し、根本的な解決を目指すのではなく、 
表面的に問題として現れた現象だけを抑えればいいと考えているかのように感じます。

病気の治療も同じです。

痛みがあれば、薬で抑える。 

熱があれば、薬で下げる。 

腫瘍があれば、手術で切り取る。 

病気の根本的原因を探り、病気にならないようにすることを治療とは考えていないような感じがします。 

メタボ検診なるものの案内がうちにも来ました。

病気予防というコンセプトはいいと思うし、 生活習慣、食生活などを指導する方法は悪くはないと思いますが、 方法論は対処療法的です。ウエストのサイズと血糖値、コレストロールなどごく限られた検査項目の数値を下げることが、直接的な目的のような印象です。 

最初に整体というものに抱いていたイメージも、対症療法的でした。 
考え方そのものが、表に現れた現象(症状)を消す、抑えることが問題解決だと無意識に刷り込まれたいたのだと思います。

対症療法はもぐら叩きと同じです。 
一つ叩き潰せたとしても、じきに別のところに顔を出す。 
その繰り返しです。 原因をつきとめ、それを解決しようとしないからです。 

整体を対症療法的に行う方法もアリだと思いますが、私はクライアント(患者さん)には再発しなくなることを目標にしていると言っています。だから、根本的な体調が乱れても、自力で経過できるような状態まで持っていくことを、目標にしたいと思っています。 

症状を再発させないためには、やはり生活習慣を変える必要があります。 それをいかに抵抗感を少なく、自発的にしてもらうかが実現のポイントになります。 

それと心の問題も大きいと感じています。
腰痛だって、ストレスが原因の場合があります。 
考え方の方向性、心に常に持っているイメージ、思考パターン、感情や情動の発現パターンも変えないと、症状は異なっても、いつか再発してしまうリスクを抱えたままです。 

全ての人は必ず死にます。体の衰えは自然なことで、体調に波があり、不調が現れることも自然なことですが、 私の理想は、不調は自然に経過し(治まり)、やがて自力でいい体調に戻ることと、 死ぬときには、やりたいこと、やるべきことをやりつくし、全ての力と能力を使い切って、 静かに自然に死んでいくことです。 

私の施術(体の調整)を通じて、一人でも多くの人に、この世での最期のときまで、健康で楽しく幸せに過ごしていただければと思っています。

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治療を途中で止めた人の場合

30代後半の男性。

10年以上前に腰痛で整形外科を受診し、MRI検査で腰椎の椎間板がつぶれていると診断された方がいました。

治療はブロック注射(神経伝導路に局所麻酔剤を注入し、痛みの伝達を止める治療法)をしたとのこと。

その後も、腰痛が完全に治ったわけではなく、ゴルフのときに痛んだりするとのことでした。

初診時から3ヶ月ほど前に引越しをしてぎっくり腰になり、治りきらないうちにスポーツジムでトレーニングしたり、ゴルフをして、さらに酷くなり、整形外科に行っても治らないので来院されたようです。

初診時には、直立した状態では、痛みはないものの、前屈(前に上半身を曲げること)も後屈(体を反らすこと)もできず、左右に倒しても痛みが増す状態で、骨盤の中心部と左の臀部にしびれがある状態でした。

体が冷えていて、筋肉が硬く、骨盤の歪みから背骨が左に曲がり、垂直に立てず、左肩がかなり下がった姿でした。

骨盤が歪むと、上半身でバランスを取るので、肩が下がってきます。それと連動して、腕に負担がかかり上腕部に痛みが出ることもあります。腕だから腰とは関係ないようですが、実際は、腰から下肢、上半身、腕、さらには首、頭部へまで影響が及ぶことは珍しくありません。

状態が良くないし表情も鬱積したような重い感じだったので、最初のうちは週に2度ほどのペースでの施術が必要と検査で出たのですが、仕事の関係で週に1回のペースが限度とのことでした。

途中、用事があるということで2週間間隔が空いたり、仕事で引越しの手伝いを5時間もしたりと、体が良くなることより、仕事優先の方でした。

仕事で引越しの手伝いをして、痛みが激しくなり来院されたときには、施術後に痛みは軽くなり、その次の施術後には、後ろに反らせても痛みが出なくなったのですが(以前は、痛むことへの恐れもあって、まったく反らせない状態でした)、始めて来られたときと比べてどうか?と聞くと、全く状態は変わらないと言われました。

体が冷えていると、当然筋肉も硬くなり緊張してきます。筋肉が緊張しているだけも痛みは発生するので、足湯を勧めたのですが、やはり仕事と生活パターンを理由に、していただけませんでした。

この方は、施術後に痛みが少しでも増すことに対して、かなり否定的に考えており、治癒の過程で血流が改善したり神経伝達が改善されたりして起こる一時的なものだと説明しても納得されないようでした。

また、私の施術が非常にソフトである意味シンプルなので、この程度の治療で長年の辛い腰痛に有効なのか不安と疑問を抱えていることは、雰囲気から伝わってきました。

最後(6回目)に来られたとき施術前に状態を聞くと、歩いても痛い、状態は全く変わらないと言われました(実際は20センチほども段差のあるところを知らずに足を踏み出したときに痛みが走った程度のことでしたが)。以前聞いたときには、歩くのは大丈夫とのことだったので、治療のために歩くといいと伝えたのですが、通勤以外では全く歩いていないようでした。

アドバイスした足湯(1日20~30分)、散歩(30分程度)もしていただけない、改善してもそれを認めようとしない、施術がソフトなので、効果が無いと思っているふしがある(もっと強く押したりする施術の方が効果があるのでは?と質問されたので)。

それでも、初診時には左側の腰部がふくらみ、右が凹んでいたのが左右ほぼ均等になり、上体の傾きも修正されてきていたので、あと5回ほど通院していただければ、ある程度満足できるレベルまで改善するはずだとは伝えましたが、上記のような状態では、こちらも責任を持って断言はできなかったので、お互い納得の上、治療は中止ということにしたケースです。

治療は治療家と患者さんの協同作業です。治療家や医師に任せたのだから、治せないのは治療家のせいで、自分には原因はないと考えている人だと、いくらこちらが全力で施術して親身にアドバイスしても、治療効果はなかなか上がらない、遅々として進まないのは当然のことです。

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会話も施術のうち

会話が施術に果たす役割は大きいと感じる今日この頃です。

特に不定愁訴と呼ばれる、病院の検査では異常がないと言われている、心身の不調を抱えた人たちにとっては…

うちの場合は、症状がひとつだけという方はむしろ少ないです。 首肩のコリと痛みがあり、腰痛もたまにあり、腕がしびれることもある、というようなケースはよくあります。

施術はそれぞれ個別に対応するわけではなく、全身を調整し、自然に回復していく過程を促進し、それでも残る不調は個別に対応する、というのが、一般的な施術の進め方、手順です。

しかし、それだけでは十分でない方もいらっしゃいます。


例えば…10年以上、体の不調が続いている方。
症状は多岐に渡っています。

・喉からお腹にかけての違和感
・顎の違和感と痛み
・倦怠感
・頭痛
・めまい
・背中のコリと痛み
・食欲不振
・不眠
・不安感、漠然とした心配

などなど

全ていっぺんに出るわけではありませんが、施術で一箇所改善しても、もぐら叩きのように、次の症状が出てくる感じです。

病院にも通っていらっしゃいますが、基本的には安定剤など症状に対応する薬を処方されるだけのようです。

施術後に体の感じ方、気分などを尋ねても、軽くなったことは自分からは伝えず、残っている痛みや不快感、違和感を伝えられます。

回復が遅い人に共通の傾向ですが、症状が多いだけに、個々の症状を追っていくような施術をしても、いたちごっこの気分になることも…

もちろん、胃に不快感を感じていて食欲がない、と真っ先に言われた場合は、全身の調整の後に、胃に対する手法を試みることもあります。 それで、夕食は食べられそう、という状態になることが多いことは確かですが、それで胃に関しては全て解決!ということにはなりません。施術効果の持ちが悪いというか、症状を呼び出してくるような感じがすることもあります。

あるとき自分の施術がこの方の回復に役立っているか、改めて聞いたことがあります。といっても直接ではなく、この人の潜在意識にですが。

初回の検査時に、自分の施術で回復するかどうかは必ず(潜在意識に)尋ねますが、そのときは、私の手に拠る施術(手技だけの施術)が効果を上げているかどうか?と尋ねました。

答えは「No」

ちょっとショックでしたが、半ば予想はしていたことでした。

もちろん、これだと、施術を中止しなければなりません。私の整体師としての良心に照らし合わせても、何度か確認しても、効果が無い、と出たら、施術しても無駄(効果がない)だと伝えることにしています。

そこで、会話は回復に役立っているか?と尋ねました。

答えは「Yes」

さらに、会話を前提とした手技に拠る施術は、効果が上がっているか?
と尋ねました。

答えは「Yes」

つまり、精神的、心理的な面への働きかけが無い場合は、(この方のようなケースの場合)施術は効果が無いということです。

確かに、この人の場合、施術時間と比べて、最初に会話している時間がかなり長いです。会話といっても、私がきっかけになる質問をすると、この人がずーっと自身のことを話し、それに対して、内容を掘り下げるような質問を自分がしたり、今後の方向性のようなアドバイスをしたりすると言う流れになります。

金銭を媒介とした仕事であり、来院される方は、確実に目的を持って来ています。痛みや不快感から解放されたいという明確な目的を持って。

当然ながら、患者さんはその点に関してはほとんどの方は真剣です。判断基準がどうあれ、自分にとってここは必要かどうかははっきり判断しています。

だから、こちらも回復できないときは、はっきり伝える責任があると思っています(私の場合は、「改善」ではなく「回復」するかどうかを、最近は聞くようにしています。多少軽くする程度でも「改善」に入るからですが、それでは私自身は納得できないし、患者さんも安くもない料金を払うのだから、ドラッグストアの鎮痛剤程度の効果では、納得しないと思うからです)

今回のことでわかったことは、施術は手に拠る技術だけではないということです。とはいっても、何も流暢で楽しい雰囲気の会話が必要だとか、施術の前提だとか、私は言うつもりもないし、必ずしもそうは感じていません。スマイル・セラピーをするつもりもありませんし…

施術者が必要とする「会話術」とは、症状を維持する方向で感じ、考えている患者さんの精神的傾向を、会話や施術を通じて、方向転換させることだと思います。

年齢と経験と知識は、新たなことを始めるハンデになることがありますが、この仕事においての会話術に関しては、アドバンテージになっているようです。とは言っても、会話というか、カウンセリングの実際的な技術を勉強する必要は感じています。

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