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2009年4月

僕が整体を通じて実現したいこと

僕にとって「整体」とは、もちろん生計の手段=仕事ですが、人生半ばになってなぜ全く分野の違う仕事である「整体」を選んだかといいますと、人の身体の仕組みに興味があり、自分でもいろんな病気といえないような不調に悩んできたからです。

薬や手術に頼らず、手で身体を操作するだけで不調を治せる技があると最初に知ったきっかけは、カイロプラクティックでした。当時はまだ20代後半でしたが、カイロを習っているという人の話を聞く機会があり、そんなことができるんだと感心し興味を持ちました。

その当時も、カイロを教えている所の広告を新聞などで見つけると、切り抜いてノートに貼っておいたりしましたが、好きな絵に関係する広告制作の仕事を続けることができていたので、それっきり忘れていました。

民間療法自体は、本や新聞の健康欄などを参考にしながら、その通りやってみたり、自分で試行錯誤して不調を治してましたが、15年以上経ってから再び民間療法や手技療法に目がいったきっかけは、父の闘病生活でした。

ガンと聞いたときに、なんとかならないかと、書店で目についた一般向けの医学書やガンの治療法が書かれた本を読み漁りました。同時に民間療法にも目が向き、免疫力(自己治癒力)が治療の鍵だと確信したのもこのときからです。

ある程度は医学的知識とガンに対する治療法の知識、そして身体の歪みから体調を診る方法を知った今なら、もっと早く父の不調に気づき、注意を促したり、もっと早い時期に検査を勧めることもできたと思うと、残念な気持ちと後悔が入り混じった気持ちになることもあります。

20世紀に入ってから、現代医学の進歩が目覚しく、このまま進めば、治せない病気が無くなるとまで思っていた時期もありますが、多少は身体のことがわかってきた今では、そうは思えず、むしろ現代医学の欠点と限界が見えてきたという感じすらしています。

現代医学は死の克服を目指している部分がありますが、そんな考えは反自然的ですし、不可能だと思ってますし、実現してもいいことは無いと思っています。

製薬業界と巨大産業になった医療と保険業を儲けさせるために方法論が構築されている現代医療は、必ずしも、人々の健康を維持増進し、生活の質を高める方法はとらず、医療費がかかるような方法で発展していると考えています。

わが国は、世界一高齢化が進んでいると言われています。その結果、医療費が年々増え、健康保険の給付が下がり続けています。それと反比例するかのように、医療崩壊が進み、欠点と限界がある医療すら、まともに受けることができない地域や人々が増えてきています。

医療費を抑制するために、保険料負担を増やしたり、保険の給付割合を減らすという方向で政策を実施していますが、それは本末転倒だと考えています。

医療費を抑制すること自体を目的とする政策自体がおかしいと思います。そうではなく、国民が病気にならないように、もっと健康で快適な生活が、歳をとってからもできるような政策を実施することが、行政の仕事であるべきです。

整体業などは、保険適用がなく、厳密な意味では、医療行為は禁止されていますが、人の健康に関わる仕事であることは確かです。その一番の目的は、病気未満の非健康人を、健康に導くことだと思っています。

ガンや脳卒中などの生活習慣病で亡くなる人が増えていますが、これは高齢化に伴う必然でもありますが、生活習慣を見直し、体調不良の初期に適切なメンテナンスをしていれば、発病のリスクを軽減することは十分可能です。

できるだけいい体調で生活できるようにして、年齢と共に自然に衰えて、病院の世話にならず、寝たきりやボケることなく、最後まで自力で生活し、静かに亡くなることが理想だと思っています。そのための手助けを整体などの民間療法はできると考えているのです。

一人でも多くの体調不良に苦しみ悩んでいる人に、僕の施術で楽になってほしいと思っています。

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聴覚に障害がある人の施術

当院には、何度か聴覚障害(耳が聴こえない)の方が来院されています。
といっても、聴覚障害を治してほしいという依頼ではありません。
肩こりや腰痛などの症状を緩和、回復したいということです。

問合せや予約は、当然ながらメールで来ます。
日時と症状の確認なども、全部メールです。
外出先(仕事中など)での連絡は、携帯メールを使うことが多いです。

パソコンで文字を打つのは慣れていますが、携帯メールは最近は、仕事以外ではめったに使わないので、入力に慣れてないので、ちょっと面倒に感じますが、20代のクライアントさんだと、携帯メールで予約されることもあるので、もっと楽に抵抗無く打てるようになりたいとは思っています。

先日来院された聴覚に障害がある方は、夜の予約で雨が降っていたこともあり、時間をだいぶ過ぎても来院されませんでした。道に迷ったんだと思い、慣れない携帯メールを出したら、なんとかマンションの隣の駐車場に居ると返事が来ましたが、そのマンションは知りませんでした。何度かメールでやり取りした後、こちらが知っている場所を指定して、迎えに行きました。
電話なら、その場で状況を聞き、道案内ができるのですが、メールではよほど慣れてないと難しいですね。

体の状態も、僕が手話ができないせいもありますが、思い通りのことは十分には聞けません。ある程度のところで、実際に体を観察しながら施術に入るのですが、呼吸や姿勢の指示もいつも通りにはできないので、こちらが呼吸を読み、ジェスチャーなどで姿勢は伝えます。

言葉(会話)に頼れない分、クライアントさんの体はいつもより詳細に観察することになります。そのため、通常よりクライアントさんの体と直接話ができているという感覚は鋭くなります。口語での会話に頼った施術は、顕在意識による対話だと思います。言葉は必ずしも本音を伝えているとは限らず、その裏に隠された真意を読み取る意識がないと、会話はしていても、本心はわからないということもあり得ます。

もちろん、口で会話ができない不便さ、不自由さはありますし、伝える際のもどかしさはありますが、よけいな飾りや気取りを省いて、本当に伝える必要のあることだけを伝えようとするので(お互いに)、手を抜かずに、あきらめずに、身振り手振りと書き文字、表情まで動員してコミュニケーションの努力をすれば、心配していたより、話は通じるし、通常より真意が伝わるような気さえすることもあります。

それと、聴覚障害の方の多くは、唇を読むことができますし、自分では聴こえなくとも、ある程度しゃべることができる人が多いので助かりますが、音声言語でのコミュニケーションが前提となっている社会で生活していくためとはいえ、自分にはフィードバックされない感覚情報を使うことは、やはり負担なのだろうなとは感じます。

身体感覚的な世界では、耳からの情報がないというだけでも、やはり世界の感じ方、社会的感覚や意識などの違いを感じることはありますが、外国に行ったとき、やはり言葉は聞こえても通じなかったなぁと、外国人とはじめて会話したときのことを思い出したりもしたクライアントさんでした。

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膝痛と嗅覚障害が同時に

臨床例をご紹介します。

膝痛と嗅覚障害の方です。

夏場、外出先で強烈な冷房の中、長時間過ごした後で、膝が痛み出しちゃんと歩けないほどになっただけでなく、嗅覚が完全ではありませんが、無くなったという女性です。

初回、来院されたときは、階段の昇り降りはもちろんのこと、平地を歩くのも辛そうでした。

嗅覚の方は、鼻先に臭いがはっきり出ている食べ物などを近づければ、かすかに香りはするものの、離れた状態だとほとんど臭わなくなったとのことでした。

体の歪みは、腰が左に出ていて頭部の方に上がっていて、右方向に捻れた状態。右肩が下がり、上半身が右に傾き、体の中心線の正中線が一直線になってない状態でした。膝が痛む方の足(右側)は、全体にかなりむくんでいて太くなっている状態です。

膝痛のほうは、施術直後は、毎回ある程度の改善はみられるものの、次回には症状の戻りが毎回ありました。2歩前進、1歩後退という感じですが、少しづつ、でも確実に回復に向かっていました。

嗅覚は3回目に来院されたときに、7割ほど戻ったとのことでしたが、臭いを感じにくい食品や以前と違う異臭を感じる食品があるとのことでした。

4回目には8割りほど戻りましたが、醤油やコーヒーなどの香りが、以前と違う匂いに感じられる状態は続いていました。

5回目には、異臭は無くなりましたが、まだ食品によっては香りが薄く感じられるとのことでしたが、最初の状態に比べればはるかに良くなっていて、香りがなくて味気ない食事だったのが、食事を楽しめるまでに回復したと喜んでおられました。

膝痛の方も堅いコンクリートのような所を歩くときは、まだ痛むことがあるとのことでしたが、痛みの程度はかなり軽くなっていました。

むくみの方は、かなり引いてきて、左右の足の太さも平均化してきたのですが、膝のあたりだけは、まだふっくらと膨らんでいる状態が続いていました。

都合で半月ほど施術を休まれた後は、体の歪みの少しひどくなっていて、膝も痛み出したとのことでした。その間に外出先で長時間立っていたりして、体の状態を考えれば無理をしたせいだと思いますが、いつもより念入りに筋肉の反応から体の状態を読み取る検査方法で最適な回復手法をチェックしました。

その結果、股関節の調整が必要と出たので、痛む側の股関節を調整し脚の筋肉をゆるめつつ関節を中心に調整した結果、いままでで一番楽になったと言われるほど回復し、歩行時も痛みを感じないとよろこんでおられました。

施術の副産物としては、以前は髪の毛の腰がなく、ペタンとした感じだったのが、腰が出てきて頭髪全体がふっくらし、頭頂部の髪が立つようになったことです。

膝に関しては、症状が一進一退していたので、完全には治らないかもと、悲観的になられたこともありましたが、半年以上膝痛も嗅覚も治らず、整形外科医には、膝にたまった水を抜いたり痛み止めを処方されるくらいで、痛みはそのままだったことを考えれば、驚くほどの回復ぶりでした。

嗅覚に関しても、耳鼻科の診察を受けたものの、ビタミン剤を処方され、自然に治ることもあると言われただけだったことを考えれば、十分に満足のいく回復ぶりだったと、クライアントさん本人も言われました。

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病気を悪と決め付けないで

現代(西洋)医学の考え方では、「病気」は悪でしかありません。痛みなどの体調不良を良くない状態としかとらえず、治療によって一刻も早く症状を消し去ることが医療の最重要課題と考えられています。

この考え方は、いわば病気のプロである医療に携わる人間だけでなく、広く一般の人たちにも浸透しています。

しかし、常に変化している体の一時的状態で痛みや不調を、単純に悪と決めつけ、異常な状態、異物として認識することは、なぜ、そういう状態になったのかという体の都合を無視することにつながります。

特にガンなどの物理的にカタチになったものは、異物として対象化しやすいため、手術で切除したり、抗癌剤や放射線で異物を攻撃し死滅させることしか、治療の方法がないとい考えられています。

ガンは元々は自分の正常細胞であり、ガン化しても自分の体の一部であることに変わりはありません。ガンと正常細胞の境界線はあいまいなので、完全に切除できるケースは限られ、攻撃によって死滅しようとすれば、正常細胞も同時に殺すことになるので、限界があります。

また、攻撃が成功したように見えても、元々自分の一部であったさ細胞が変化したものなので、その原因を解明し問題解決をしなければ、再発のリスクは常に抱えていることになります。

現代西洋医学が切り捨ててきたもののひとつは、「病気や不調は心身からのメッセージである」ということです。不調や病気は、望ましい心身の状態からの警告であり、単にそれを消すことを求めているわけではなく、生活習慣や体の使い方、心の持ち方、考え方、感情のありように対する変化を求めているのです。

そう症状をとらえれば、症状は心身を望ましい状態に導くために必要不可欠な作用であり、単純に排除することだけを考えるとすれば、より深刻な状態になる新たなリスクを抱えることにつながるとも考えられます。

「病気」が伝えるメッセージは、ひとつとは限らず、複雑にからみあい、重なっていることがあるようです。

「仕事が忙しく、無理しているので、もっと休養が必要です」というのは、最も一般的でわかりやすいメッセージですが、心の問題に関係するような、本人の人間関係や社会との関わり方、価値観、世界観に再考を促すようなレベルのものもあるようです。

身体(心と体)からのメッセージを汲み取るためには、症状だけにフォーカスしていては不可能です。自分の現在の生活や人間関係を観察し、生い立ちにまで遡って振り返ることが必要なケースもあるようです。

長期化し慢性化した病気や症状から回復するためには、しっかり「病気」「不調」と付き合おうという逆転の発想もときに必要かも知れません。

不調を異物、悪として認識し、攻撃し排除しようとする考え方や認識の仕方は、自分の頭(顕在意識)で身体(深層心理、潜在意識を含めた心と体)をコントロールしようというものでもあります。

仮に、不調や病気の原因が、心身の都合と能力を超えた酷使にあるとすれば、異物としての痛みや不調の排除を目的としての頭で考えた「治療」が意味することは、不調の原因を押さえ込み、今までのやり方(心身との付き合い方、使い方)をそのままにしてさらに強化することにつながります。いわば、さらなる頭(顕在意識)による心身のコントロール強化です。

その結果と生じる可能性が高いのは、同じ症状や病気がさらに強化されたカタチで発生するということです。

我々は、頭(顕在意識)で身体をコントロールしているわけではありません。心臓は鼓動しろと意識で(顕在意識)命令しなくても、自動的に動いています。口から食べ物を入れれば、消化器官は自動的に働きだし、栄養分を体内に吸収してくれます。毒物を食べれば、頭で考えなくても、身体が反応して(下痢や嘔吐)体外に排出してくれます。深層心理も含めれば、我々が意識的にコントロールしている部分はごく表面に過ぎません。これらは主に自律神経という体の制御システムが行なっています。

つまり「病気や不調と闘う」という考え方だけでは、自律的、自動的に我々を快適な状態で生かしてくれている生命力(自律神経、免疫系など)に介入し混乱させるような背反する状態になるリスクがあると思われます。

一時的に不快な状態にすることで、身体を意識させ、改善を促しているだけなのに、そんな身体(と心)を責めたり疎ましく思ったりするよりも、メッセージに耳を傾け、どうして欲しいのか思いやるほうが、回復への確実な道筋だと考えます。

不調や病気に罹った自分の身体を疎ましく感じ、なかなか回復しないことを責めたりすることは、重い荷物を背負って長い距離を歩いてきて、疲労困憊のあまりとうとう倒れてしまったロバや馬を鞭打つようなものです。

そんな身体を責める気持ちや考え方そのものが、不調や病気の根本的な原因のような気がします。

責めたりする気持ちを止めることによって、最適な治療方法がわかってくると思いますし、治療の効果も高まり、身体が自発的に回復に向かっていくのです。

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